こんにちは。なおです。
最近の株式相場を見ていて、よくわかないことがあります。
イランへの侵攻が始まって、海峡封鎖されて、原油価格が上がって、株価がガツンと下がったのが約2ヶ月前のこと。
当然下がりますわな。
ただ、それから何だかんだで株価は戻って、元気よく最高値を更新しています。
戦争は終わっておらず、原油価格もまだ戻ってないのに?
元々、原油価格は1バレル60ドル代でしたが、今は90〜100ドルほどでまだまだ高い。
戦争が終わって、原油価格が元に戻ったら、株価はさらに10%15%上がるのか?
まぁ、上がるんでしょうね。
「金融市場は、何かが決定的に狂ってる」と感じることがままあるのですが、今回もそんな感じがしました。
では、本編へ〜
本当の自責思考とは?
個人で活動するみなさんは、「自責思考」の大切さが身に沁みてわかっていると思います。
ビジネスに真剣にコミットする人は、人生のどこかで、この問題にぶち当たります。痛い思いをして、「そうか、こういうことだったのか...」と悟るのです。
これ、言葉でいくら言っても伝わらない類なんですよね。
自分の五感で体験して「腑に落ちる」までは、なかなか理解できないものなのです。
自責思考の誤解
ときに、「自責思考=何があっても自分が悪いと思え」と捉えられている節があります。確かに、その通りであることがほとんどです。
ただ、中には「今回は、絶対に私は悪くない」というケースもあるでしょう。
あまりにも横暴で理不尽なお客さんに、「それでも自分が悪いと思わなきゃいけないのか?」と、悶々とする日もあると思います。
実は、「自分に責任があると考えること」は、必ずしも「自分が悪いと考えること」ではないんですね。
このことを、五感で体験してもらおうと思います。
直に体験させることはできないので、追体験を通して、腑に落ちてもらいましょう(←変な日本語?)。
2年前の旅行でのこと...
あれは、2年ほど前のこと。
2人目を妊娠中の奥さんと娘が、実家に帰省していたとき。
ボクは良い機会と思って、10日間の一人旅に出ることにしたのです。神戸までの片道切符だけ買って。旅程は立てず、その日の気分で動くことにしました。
で、2日目だったかな?
財布落としたんですよね。
一人旅で財布落とすって、なかなかでしょう?
中身は、
- 現金4万5,000円(旅行なので多めに入れてた😓)
- クレカ
- マイナンバーカード
ショックとテンションだだ下がりで、もう帰ろうかと思いましたよ。
が、流石にもったいないので旅行は続けることにしました。
まずは、カード類を全部停止。落とした可能性がある場所に電話をかけて、警察にも遺失物届を出しましたが、結局見つかりませんでした。
その後、岡山・広島も回って、東京へ帰ってきたわけです。
帰宅すると...
10日ぶりの郵便受けは、溢れんばかり。このときは引っ越したてで、郵便物多かったんですよね。
ガサっと両手で抱えて、ダイニングテーブルの上に広げると...
身に覚えのないレターパックが1つ。
差出人は、自分。
自分から自分への荷物。
「はて?」
開けると、中には落とした財布が入っていました😳
カード類は元のままでしたが、現金は抜かれた状態。
犯人は、良い奴なのか、悪い奴なのか...。
警察に持って行こう!
翌日、1日遅れで帰ってきた奥さんは、まぁまぁキレ気味。
「このレターパック、警察に持って行こう💢」と。
確かに、それは最初に頭に浮かびました。
レターパックって、識別番号ありますよね。
そこから、犯人追跡できる可能性あるよなと。
でも、10秒ほど考えて、
「いや、このまま何も起きなければ、警察には届出ない」
と決断しました。
なぜ沈黙を選んだか?
この決断が、まさに自責思考なのです。
(ま、そもそも落とした自分が悪いんですが、それは一旦傍に)
確かに、4万5,000円を盗んだ犯人は憎い。
懲らしめてやりたい気持ちも、ないではありません。
しかし、その後に起こりうる事態を、冷静に考えてみたのです。
もし犯人が捕まったとしたら?
得られるのは、「4万5,000円」と「溜飲が下がる気持ち」です。
一方で、失うものは何か。
犯人は、そこまで重い罪ではなくとも、何らかの罰を受けるでしょう。
その結果、内定を取り消されるかもしれませんし、パートナーから離婚を言い渡されるかもしれません。人生に傷痕を残す可能性は大いにある。
それは、犯人が甘んじて受け入れるべき結果。
被害者であるボクが配慮する必要はない。
しかし、犯人はうちの住所を知っているわけです。
うちには、ボクだけでなく、妊娠中の奥さんと娘がいます。
考えすぎかもしれません。
心配性な性格ですから。
しかし、起こりうる最悪リスクは、「4万5,000円」では天秤が釣り合いません。
合理的判断として、沈黙を選んだわけです。
改めて、自責思考とは何か?
自分が悪かったかどうかというのは、この際どうでも良いのです。
自責思考とは、自分の下した決断によって起こるすべての結果を、自分で引き受ける覚悟です。
- その覚悟があるなら、やれば良い
- 覚悟がないなら、やめておいた方が良い
どちらを選んでも、結果を受け入れるのは自分。
ケツを拭くのも自分。
それが責任者というものですよ。
個人で活動するなら、全責任があなたに降りかかります。
正義感や道徳を振りかざしたくなるのは、人間の性。
ですが、流されてはいけません。
本当に断っていいの?
理不尽なクレームが来たとき、規約上突っぱねても構わないので、断ることもできます。一見すると、正しい行為です。
ですが、その結果、火のついたクレーマーを相手にするのは、あなた自身なのです。誰も、あなたの代わりに火消しをしてはくれません。
その時間も、労力も、削られる精神も、すべてあなたが負担するのです。
そう計算したときに、必ずしも教科書通りに断ることが正解とは限りません。
本当にOKしていいの?
こういうシーンもあるかもしれません。
カスタムの要望をくれたお客さんがいたとしましょう。希望のカスタムに応じてくれるなら、ぜひ買いたいと。
あなたとしては、要望に応じて、売上を上げたいと思うかもしれません。
しかし、その1件を受け入れたがゆえに、今後もカスタム依頼を受け続けることになるかもしれません。
「目の前の売上」と「将来負うことになる負担」を天秤にかけてみましょう。
もし、「その負担は苦しい」と思うなら、断腸の思いで断ることもまた、自責思考です。
自責思考については、随分前に記事を書いていました。
久しぶりに目を通すと、めちゃ説教くさい...😅
けど、書き直す箇所は特にありませんでした。
むしろ、過去の自分に、「お前、最近甘えてないか?」と叱咤された気分です。
何だかシャキッとしましたw
あと、この財布を落とした話は、結構お気に入り(?)でして、来週もこれにまつわる人生の教訓をお届けしたいと思います。